「日常の謎ミステリ」。そのジャンルの中では一番好きかもしれない。
刺激や衝撃を求めるには「日常」は物足りない。
けれど退屈な代り映えのしない「日常」にある謎こそ滋味は深い。
生きてゆくすべてが謎であり、そこにリアルに生きているひとがいる。
それが面白い、知りたいと思った時こそ人生を重ねた楽しみを知る。
そこに描かれる情景、光や影や雨音。
その職人芸で繰り出される文章に、読んでいる間中、空は光り、翳り、雨音を聞くことになる。
それはあまりにもリアルに。
名作中の名作「織部の霊」より本文を抜粋する。
円紫さんの出し物(落語)「夢の酒」を聞いたあとの「私」。
『建物の外に出て、妙だな、と思い、宵闇の中を先生に続きながら、何がおかしいのか、しばらく首をひねってしまった。ぼんやりとした影になった先生の背中が、大学会館の光の中に入った瞬間に、ようやく分かった。外は雨が降っていなかったんだ、と。』
まさにその感じになる。いちいち膝を打つ。
すごい文章だ。
文体の妙に酔い、謎解きの鮮やかさに感嘆する。
静謐で、品のある、美しいとしか言いようのない小説だ。
北村薫、さんもまた心からリスペクトする作家さん。
女子大生の「私」と落語家の円紫さん(探偵役)の短編集シリーズは続く。
第2弾「夜の蝉」は日本推理作家協会賞を受賞された。
「夜の蝉」が素晴らしいのはもちろんだけれど、私は「空飛ぶ馬」が一番好き。
収録された5作品、どれが好きと言えない。全部素晴らし過ぎる。
「織部の霊」なぜ先生は見たことのない古田織部の切腹する夢を見続けるのか?
「砂糖合戦」喫茶店に入って来た3人の女の子達は、なぜ競ったように何杯も砂糖を紅茶に入れ続けるのか?
「胡桃の中の小鳥」なぜ車から離れた間にシートカバーだけ全部剥がして持って行かれたのか?
「赤頭巾」なぜ日曜の夜9時に赤ずきんは公園に現れる?
「空飛ぶ馬」幼稚園に寄付した木馬が一夜だけ消失した訳は?
答え知りたくないですか?笑
心あたたまる答えもあり、ちょっと苦い結末もあり。
円紫さんの解答に「あぁーー」と声が出たり。
普段はやっぱり死体のひとつも出ないミステリなんて、と思う私でも
これだけ完璧な「日常の謎ミステリ」を前にしたら何の文句もありません。
「日常の謎ミステリいいじゃない!」
【STORY】
女子大生と円紫師匠の名コンビここに始まる。爽快な論理展開の妙と心暖まる物語。「私たちの日常にひそむささいだけれど不可思議な謎のなかに、貴重な人生の輝きや生きてゆくことの哀しみが隠されていることを教えてくれる」と宮部みゆきが絶賛する通り、これは本格推理の面白さと小説の醍醐味とがきわめて幸福な結婚をして生まれ出た作品である